戦国武将の家紋シリーズ
13.大友宗麟
大友 義鎮 / 大友 宗麟(おおとも よししげ / おおとも そうりん)
海外貿易で得た経済力とすぐれた家臣の補佐により、戦国の九州随一の勢力を誇った。キリシタン大名としても有名だが、耳川の合戦を皮切りに次々と領地を失い、晩年は秀吉傘下の一大名として終わった。享年58。
家紋名
抱き杏葉 だきぎょうよう
由来・意味
中国から渡来した馬の装飾に用いる金具、革具をモチーフとする。
大友宗麟が用いたことで有名。鍋島家でも杏葉紋様の家紋が用いられているが、これは大友宗麟との戦いの勝利を記念にしたと伝えられる。